Tomohiro Nakayama's Page
以下は「ジャズ批評」110号に書いた原稿です。中山智広は90 年代半ばから、「ジャズ批評」にいくつか書きました。全てピアニストについてです。


中山智広著 「実践!クラーク節」(ジャス批評110号/2002年1月 特集ソニー・クラーク)


(譜面に書けない=もしかしたら役に立たない)ソニー・クラークの奏法分析

●はじめに
 ソニー・クラークのようにピアノを弾きたい!と思ったのはいつのことか。最初にブルーノートの「ソニー・クラーク・トリオ」を従姉に買ってもらって聴いたのは高校生の時で、当時売っていたコピー譜集の中に「朝日のようにさわやかに」が載っていたから、という不埒な理由でだった。しかしサウンドがバラバラで不透明に感じられたので、すぐに興味は他へ移った。よさがわかったのは数年後のことで、様々なジャズ・ピアノを聴くうちに、そのリラックスした、大らかなノリと、楽しくて哀しい独特の世界が素晴らしいものに感じられてきたのだった。そしていよいよコピー譜をなぞったりしてみたのだが、これが全くダサいものにしかならなかった。結局その本は誰かに貸したまま返ってこない。以来二十?年、僕はいつかクラークのようにピアノを弾ける日が来ることを楽しみにしながら、ああでもない、こうでもないと考え続けている。
 ところで、寺山修司が生前最後に聴いていたレコードがこの「ソニー・クラーク・トリオ」だった、という話を読んだことがあるのだが、本当だろうか?

(追記2017,3,19 この話は、寺山が亡くなった1983年5月4日の数週間後の新聞に出ていました。小さなエッセイのような記事です。当時家でとっていた新聞は朝日(シャレではありません)だったので、その可能性あり。https://plaza.rakuten.co.jp/terayama/diary/201311020000/には、「「THE HUMAN」(FM J-WAVE) 2013.11.3 PM21:00~ 「寺山修司を特集」 寺山修司が新宿のジャズ喫茶「きーよ」で聴いたSonny Crark「朝日のようにさわやかに」〜」と出ているので、信憑性はあると思います。J-WAVEのラジオ番組でこう言って放送したらしいです。)

●ジャズピアノの「奏法」とは
 一般的にジャズ・ピアノの奏法というと、まずアドリブ・フレーズに「どういう音を使っているか」という、音の高低に関する事が問題となる。これは「どんな風にコード進行を解釈しているか」という問題に関係あり、従ってピアノにおいては「どういうハーモニーを使っているか」も重要な問題だ。またこれに関連して「スケール」「モード」といった音列の使い方も問題になる。繰り返すが、これらは全て「音の高低に関する問題」である。
 恐らく世の中の大方のジャズ・ピアノの先生、教則本、あるいはジャズ・ピアノを練習している人は、これらを極めて重要な事として捉えているのではないだろうか。しかし僕はこれらの問題は、本質的な問題のせいぜい半分以下しか占めないのではないか、と思っている。

●ガンサー・シューラーの「ジャズ」
 突然話が飛ぶが、ガンサー・シューラーが書いた「初期のジャズ〜その根源と発展」(湯川新訳:法政大学出版局)は優れた本である。この本のアタマの方で、シューラーは初期ジャズの様々な分析を行い、ジャズ独特のスイングするリズムはクラシック等の通常の4拍子ではなく、メロディに内包されるリズムとビートが複雑に絡み合って生み出す「複合リズム」である、と喝破している。そしてそれはアフロ・アメリカンの先祖伝来の、アフリカの複雑な打楽器アンサンブルから受け継いだ音楽的要素である、と主張している。もちろんスイング感はバップ以後さらに複雑になったわけだが、基本は変わらない。シューラーはこれこそがジャズのアイデンティティであり、この点に比べれば他の音楽的要素、例えばハーモニーの独自性、重要度等は遥かに低い、と書いているのだが、現在これ以上のジャズの音楽的定義はないと思う。つまりどんなに美しいメロディやハーモニーが出せても、スイングしなけりゃ意味がないということだが、このシューラーの定義がクラークを語る場合にも完全にあてはまる。シューラーというと、日本ではせいぜい「サード・ストリーム・ミュージック」の提唱者で、MJQやミンガスなんかと変なクラシック・モドキをやった人、程度の認識だと思うが、その一見論理化、言語化するのが困難に思える「スイング」「リズム」の問題をなんとか記述しようとする姿勢は、正に尊敬に値する。

●「ノリ」の定義
 結局、「音の高低に関する問題」より「リズム感=ノリの問題」つまり「譜面に書けない事柄」の方を分析しない限り、ソニー・クラークの「奏法」というものは姿を表さない。従って「ノリ」という言葉を定義しておかなければならない。
 世間ではどうか知らないが、ここでは八分音符のビートに対する発音のタイミング(前、後ろ)と、発音の方法、すなわち「アティキュレーション」を「ノリ」という言葉で表そうと思う。なぜ八分音符なのかと言えば、ステディな4ビートの上に八分音符を中心としたフレーズでメロディを作る、というのがバップ以後のジャズの基本的な「リズム」だからだ。
 英語の「アティキュレーション」の元の意味は「連接」であり、つまり2つ以上の音のつなげ方、ということだ。これはここでは2つ音符があった場合、同じ八分音符であっても前(後ろ)の音符がわずかに短い(長い)。前(後ろ)の音符がかなり強い(弱い)、二つの音符の間を切る(つなげる)といった「発音の仕方」を指すことにする。
 教則本にはよくジャズの八分音符の発音は一拍を三連符に割って、オモテ(=前)の八分は三連2つ分をつなげ、ウラ(=後)は三連1つ(つまり一拍上の八分音符は2対1の長さ)でここにアクセントをつける等と書いてある。だがこの通り演奏したら「軍艦マーチ」か「チャンチキおけさ」になってしまう。実際のジャズはこうなっていない。その事はこれから明らかにしていこう。それからジャズ・ピアノでは音を切る、すなわち管楽器のタンギングのような音のつなげ方をする。クラシックのレガートとは違うことに注意したい。(余談だが、「アティキュレーション(アが少し強い)」は普通「アーティキュレーション(アーティキュまで均等)」と書かれていて、それはスペルがarだからそうなったのだろう。しかしこれこそ「発音」「連接」が違うのでご注意。残念ながら「アーティキュレーション」ではネイティブ・スピーカーには通じないので、あえて「アティキュレーション」にした。)

●クラークのピアノの特徴
 まずクラークのピアノの印象をまとめておこう。

@右手のフレーズの音使いは、コード分解、セブンス・コードにおけるディミニッシュ分解、ダイヤトニック・スケールなどビ・バップの標準的要素が多く、ブルーノートも使う。シングル・ノートが多く、ブロック・コードはほとんどない。左手のコードは至ってシンプルで音量は小さい。遥か彼方で鳴っているようだ。時にコードというより重音や単音だったりする。
 
Aリズム感は、右手は「這いつくばったような」あるいは「念を押すような」ノリの部分が印象的。全体にフレーズをビートのアタマより後ろで弾く。音価としては八分音符が多い(ある曲をコピーしたところ80パーセント以上が八分音符だった)。しかし当然遅めの曲では三連符も16分音符もある。左手は時にビートの半拍程度前に入るが、基本的に手数が少ない。ほとんどない部分も多い。独特の「念を押すような」ノリは、アルバム『クール・ストラッティン』(東芝EMI:TOCJ−6164 盤が違うとトラックのタイムも2秒程度違うようだ)の「ブルー・マイナー」のアタマから7分36秒、7分50秒を聴かれたい。こんなノリのピアニストは他にはいない。これぞ「クラーク節」だ。決して跳ねないで、ベッタリした八分音符をビートより遅れ気味に弾いている。

 こうして印象を並べてみると、@については結局大方のバップ・ピアニストとそんなに違わない。むしろクラークなりの個性はAにある、ということがお分かりいただけると思う。もちろんバップ・フレーズの音の選択方法自体、具体的にジャズ・ピアノを練習しようとする際に大きな壁となる。この部分についてはジャズ・ピアノを弾きたい人はフレーズのコピーとそのコードに対する関係性の分析を粘り強く繰り返していただきたい。

 
●クラークの「奏法」
 クラークの「ノリ」を完全に法則化、理論化することは到底できないのだが、とにかく彼の右手の「奏法」を探ってみよう。

@八分音符の長さ
 仮に今、ウィントン・ケリーの躍動的な(跳ねているようで跳ねていない)ノリを「三連系」とする。ケリーのアルバム「ケリー・ブルー」(ビクター・エンターテインメント:VICJ−60169)の「朝日のようにさわやかに」を聴くと、一拍の上の二つの八分音符の内、オモテの音符がかなり長いように聞こえる。プロ用のCDプレーヤーで1秒=74フレームの単位でジョグできるものがあるが、これを用いて八分音符のフレーズを数個所で測定したところ、平均してオモテ:ウラ=1.3:1、最もオモテが長い個所は1.5:1であることがわかった。一方ほぼ同じ速さのクラークの「朝日〜」(東芝EMI:TOCJ−66215)は「三連系」の部分もあるが、より均等な八分音符に近く聞こえる部分も多い。その極致は先に挙げた「念を押すような」フレーズだが、「朝日〜」では2分6秒、2分24秒〜2分36秒あたりがそんな「ノリ」だ。こちらも同様に数個所で測定したところ、平均してほぼ1:1であることがわかった。しかもケリーはどこでもオモテが長く、比較的一様であるのに対し、クラークは同じ長さだったり、オモテがやや短いところがある(「念を押すような」ところ等)事がわかった。最もオモテが長い個所では1.3:1だった。つまりクラークのノリは多様で、ケリーのような「三連系」からオモテ・ウラが同じ、あるいはオモテがやや短い八分音符までを使っている、ということだ。測定器、方法ともに厳密なものではないし、恐らく曲のテンポによっても変わるのだろうが、参考にはなると思う。少なくとも教則本のような三連符の比ではないのだ。

A強弱のつけ方
 クラークの場合八分音符の長さは平均すると同じなわけだから、「強弱」は非常に重要な要素だ。確かに教則本のように拍のウラの八分音符が強いフレーズがあるが、「朝日〜」の1分23秒、1分36秒〜1分45秒などは、明らかにオモテが強い。
 完全な法則性を見つけるのは不可能で、例外も多々ありそうだが、

a 音程が上昇する場合は普通ウラが強い。
b 下降する場合はオモテもウラも同じような強さ。フレーズが拍のオモテから始まる場合、アタマだけ強いこともある。
c 上昇するのにオモテが強い個所は、続くウラも強い。このような例はフレーズのアタマに多い。

「強」の発音は、管楽器のタンギングのように音を切っているという意識も強いようだ。ところが前項であげた「測定」をしてみると、完全に音が切れている個所はなく、ほんの5フレーム程度だが音は重なっている。これは鍵盤から指を離しても、残響があるということかもしれない。微細な音の為、聴感上は切れて聞こえるのだろう。

Bフレーズを弾くタイミング
 明らかにビートの後ろの方。先にあげた「念を押すような」ノリのところのベースとドラムスを聴いていると、はっきりとビートの後ろ寄りで弾いていることがわかる。これらは極端な例だとしても、クラークがビートに対して常に「粘って」弾いていることは間違いない。

 以上の3つの複雑な「ズレ」によって、クラークは「複合リズム=スイング感」を作っている。これが彼の「奏法」である。

●「クラーク節」はいつできたのか
 独特の「念を押すような」ノリを出したクラークのスタイルがいつ出来たのかは興味深いところだ。1953年3月録音のアート・ペッパーと共演したライブ盤『ホリディ・フライト・ライトハウス1953』(ヴィーナス:TKCZ−79005)では、右手のノリは躍動的なハンプトン・ホーズにかなり似ていて、16分音符のフレーズではホーズとまったく同じ、などという部分もある。左手は手数が多く音量もあり、これもホーズに近い。恐らくクラークのルーツの一つはホーズである。
 ところが54年1月のジミー・レイニーとの録音『トゥゲザー!』(ザナドゥ原盤 クラウン:BRJ−4542)では、16分音符のフレーズ等未だにホーズ風のところがあるものの、ほぼ後年のソニー・クラーク・スタイルになっている。その理由は、まず左手が手数、音量とも減ったこと。そして独特の「念を押すような」ノリのフレーズが顕在化してきたこと、である。例えば1曲目「ワンス・イン・ア・ホワイル」のテーマのサビの部分(0分42秒)がそうである。
 次に55年のトリオによる録音『Sonny Clark Oakland, 1955』(UPTOWN UPCD 27.40)では、16分音符のフレーズもホーズ風を脱したように聞こえる。1曲目「ホワッツ・ニュー」のアドリブの1コーラス目のアタマから16分音符が続くが、ここはテンポがゆったりしているせいもあるものの、ビシッという感じのホーズの16分音符とは違って、もっとゆったりしている。クラーク独特のスタイルは1953年の後半〜54年にかけて出来たと言えそうだ。その原因は、レイニーらと行った「ジャズ・USA」の欧州ツアーにあったのだろうか?ギターがいる場合に、ピアノはあまりコードを弾かなくてもよかった、ということかもしれない。
 このスタイルはもちろんクラークが独自に生み出したものであろうが、もう一つ確証はないものの、ヴァイブラフォンのミルト・ジャクソンに影響されたのではないか、と僕は思っている。クラークの「朝日〜」とMJQの『コンコルド』(MMG:MJQの軌跡 DISC1)の「朝日〜」を聴き比べてみると、まずテンポの近さもさることながら、テーマの装飾がそっくりな部分があって驚かされる。さらに仔細に聴いていくと、ジャクソンにも「念を押すような」八分音符があることがわかる(1分11秒、1分29秒、1分46秒等あちこち)。ノリだけでなくフレーズも結構似ている(1分50秒、2分32秒等)。『ソニー・クラーク・トリオ』にはMJQものとしては「朝日〜」の他「ツー・ベース・ヒット」があり、『Sonny Clark Oakland, 1955』には「D&E」、「バグズ・グルーブ」がある。そして何と、クラークは15歳の頃ピッツバーグでプロになったが、当時はピアノの他ヴァイブとベースを演奏していたそうだ(タイム盤『ソニー・クラーク・トリオ』のナット・ヘントフによるライナー)。クラークとジャクソンの関係やいかに?

 最後にオマケとして、「朝日〜」のコード進行をもとにした、「ソニー・クラーク風ソロ」を挙げておきます。ここに書いた「奏法」に従ってトライしてみてください。



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